自己学習力アンケートについての一考
                                                 山梨県教育研究所
                                                 所長 宇野 五千雄

 昨今の学力の低下論に対して思うことだが、これまでの国内の学力調査の結果にあらわれているように、教科によっては、ある程度の低下が見られるものの、全般的には社会的に問題にするほどではない。
 それより注目しなければならないのは、近年、学習意欲が落ちており、国際的な調査では、数学・理科でトップクラスの成績を示したのだが、これらの科目が好きと答えた比率は、日本の子どもたちは、最低であった。そして近年の傾向として、成績が良いグループと低いグループで両極端に分かれてきているという点である。
 いずれにしても、押しつけの勉強からは、本物の学力は身に付かない。
 学力低下をそれほど問題にするのなら、これまでの教育現場の現状のどこを改革すべきなのか。教育現場を知った上で議論しなければならない。
 手段として、学習内容を増やし、授業時間をできるだけ多くし、そして競争させるという発想では、本当の改革にはなりえない。それは決して子どもの側に立った考え方ではない。子どもは機械ではない。一つの基準では捉えきれない、それぞれの多様な力と可能性を秘めた生きた人間である。
 子ども全体を眺めることではなく、一人ひとりに目を向け、まずはその子を知ること。その子をどう伸ばしていったらいいか。
 基礎学習から応用まで、つねに子どもの意欲を引き出しながら、自ら学ぶ力を育てる教育でなければならない。
 子どもの思い方、考え方はそれぞれ異なり、それぞれユニークさをもっている。
 その多様さが大事であって、子どもたちの学習を深めるものであっても、決して障害になるものではない。それぞれの子どもの思いや考えが学習の場に出され、絡み合うなかで授業が展開し、新しい知識を共有する。
 子どもの学力向上のためには、意欲を引き出し、自ら学ぶ力を育てることなくしてはできない。
 学校での教育研究の第一歩は、子どもに寄り添い、その子どもの思いに共感することである。今回の調査もその一つの方法として活用できると思う。
 今回の調査では、小学校4年生24校、5年生7校、6年生6校の計1,982人の児童、中学校1年生11校、2年生3校、3年生2校の計1,761人の生徒、小中学校で、計3,743人の回答者を得ることができた。
 この調査は、自己学習力に関わるものとしての要素をいくつかの種類に分け、できるだけ具体的な言い方にして問うたものだが、自己学習力とはもちろん総合的な言い方であるから、調査を分析考察する際には、それぞれの項目を別々に見るのではなく、それらの項目をつなげ関連させながら考察していく必要がある。
 また、この調査では、個々の子どもの回答を集計して全体としての傾向を見ることより、子ども一人ひとりの思いをよみとっていくことを重視したい。
 統計的な結果は、子ども一人ひとりの思いをより的確によみとるためのものであると考える。子どもの思いと教師の予想とずれるところが当然出てくるにちがいない。どこでどのようなズレが出てくるか。それをつかむことに意味があるといえる。
 教育の第一の課題となるのは、学習に遅れがちな子、意欲をなくしてしまっている子、学校に楽しさを感じていない子たちへの対応である。まずは、そういう子たちは、どんな思いなのかを読みとっていく。この調査結果を今後のカリキュラムづくり、授業づくり、そして個別指導等に役立てていく。
また、成績が良いと思っている子、テストの点がとれていると考えている子でも、意外な問題点に気づかされることもあるので、いろいろな意味でそれぞれの子どもの違いに目を向けていく必要がある。
 この調査をどのように分析し、考察していくか。いろいろな相関関係と分析の仕方が考えられるので、学校それぞれの考え方で活用していってほしい。
 ここではいくつかの観点で考察してみる。
 傾向としていえることは、例えば、「けじめをつける力(家での勉強の時間を、自分で意識してとっている)」の数値の高い子は、「アカデミックコンピテンス(学習に対しての自己評価)」の数値が高く、「方略志向(自分の勉強について工夫する)」意識が見られ、「けじめをつける力」で数値が低い方の子は、それらの項目では低く、特に復習や予習の項目では低い数値の子が多い。
 この「アカデミックコンピテンス」の類の「学校が好きか」という項目を視点にして、他の項目との相関を見てみると、「学校の成績がよいと思っている」子の数値が高いことは予想できたが、学校が好きだと思っていない子よりはるかに多くの子が成績がよいと思っていないと答えているところは意外な感じがする。関連して、中学校で「学校への満足度」が高いほど、部活動への満足度が高く、学校が好きでないと答えた子は「部活への満足度」が明らかに低い。それに対して特に中学校での「学校生活への満足度」の回答では、国語、社会、数学、理科、英語といったいわゆる受験科目に対しての数値が高くない。さらに小学校と比べて中学校になると音楽、美術、技術家庭科といった科目もそれほどではないが、やや落ちてくる。小学校と中学校との段差があることは、子どもたちのほうが強く感じているのではないか。
 なぜ、こういう傾向になるのか。子どもによって、教科に対する興味関心の差異や学力の格差が大きくなることは一般的に見られることだが、子どもたちの自由記述を見ると、特に中学一年生が最も多く、小学校との違いにとまどっている気持ちがあらわれているはずである。
 いずれにしても、小学校から中学校への段差が、多くの子どもたちの心に少なからず影響を与えていることは確かである。
 自己学習力という観点で見たとき、小学校の、高学年になっていく過程で、すでにその傾向が出ているとも考えられるが、中学校に上がることで、少なくともこの力に向上が見られなければ、教育の一つの問題として無視できないはずである。
 中学校になると不登校が多いことは全国的な傾向だが、本県の場合、全体的な集計結果で見れば、「学校への満足度」が高く、また「夢を持つ力(将来の目標を明確に持つ傾向)」も予想外に数値が高かったことは、ほっとする思いであった。
 加えて予想外であったことは、「環境志向(勉強方法を環境にゆだねる傾向)」の類で「みんなの成績の良いクラスにいれば、自分も成績が良くなる」という項目に対して、成績が良いと思っている子も、そうでないと思っている子も、回答の数値が極端に低かったことである。これは小中学校とも同様の結果であった。私たちはこれをどう解釈するか。意見が分かれるのではないか。この項目については、さらに子供たちの声を聞いてみたいところである。
 一般的には、いわゆるできる子を集めたクラスにすると、学力の向上を図れると思われがちだが、必ずしも期待通りにはいかない面があることをこの結果が示しているといえる。これに対して、小中学校とも教師の教え方に期待しているという数値が高いことを重く受けとめなくてはならない。
 次に、今回の調査結果の報告にはデータとして載せてはいないが、手元の資料をもとにコメントしてみたい。個々の子どもの回答傾向についてである。
 ある小学校4年生の児童Aは、「学校生活の満足度」は高いが、自分の成績は良いとは思っていない。予習する習慣についての数値は特に低い。しかし「環境志向」の数値は低く、今の自分の成績の原因を先生とか他の子どもたちにおいているわけではない。「資料などを利用して調べること」「夢を持つ力」「失敗に対する柔軟性」の面では数値が高いところから判断すると、自己評価の項目で比較的低いのは、自分をかなり厳しく評価しているからで、普段努力している子であることが感じられる。
 児童Bは、「学校生活への満足度」も、学校の成績についても低いと思っている。これに対して「方略志向」「資料を使って調べる力」「学習量志向」「ノートをとる力」「予習する力」「けじめをつける力」などの項目では、数値が高い。ただ気になることは、「思考過程の重視」の項目で最も低い数値になっていることだ。これと関連して、「環境志向」の数値が高いところから察してみると、一生懸命やっているようだが、学習内容がまだよく理解されていない。ただ覚える勉強になりがちになっているのではないか。
 ある中学校の生徒Cは、二つの、ある項目以外はすべて数値が低い。もちろん自分の成績も低いと思っているし、「学校への満足度」も低い。「予習する力」「復習する力」はクラスの中でも最も低い数値で答えている。二つの、ある項目とは何か。それは「方略志向」と「環境志向」である。勉強のやり方がうまくつかめなくて困っている。だから先生のだれかに、自分でも分かるように教えてもらいたい。この生徒の思いが、この二つの項目に込められているように思う。
 一人ひとりの回答をグラフ化すると、それぞれの形の違いが見えてくるが、各類をひとまとめに見るのではなく、項目それぞれの問いの意味をくみとり、それらの数値の違いを見ていくことで、その子の思いをある程度よみとれると思う。
 この調査に子供たちが本音で答えてくれているかどうか。その度合いは、子どもによって違うだろう。それを想定した上でも、その子なりの結果がグラフに形となってあらわれる。学校の先生方には、普段の子供たち一人ひとりについてを知っているから、なかでも特に支援を要すると思われる子には、さらに詳しいデータをとるか、その子との対話などで、具体的な指導法をみつけ、工夫していってほしい。

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